日本の産業復活のカギを握る産学官による科学技術開発の推進

ITやバイオ、医療など様々な分野の革新的基盤技術として世界で注目されているナノテクノロジーの最新研究動向を知るうえで、最大の牽引役を担っている大学の存在は極めて重要です。

日本復活の切り札として期待される新技術

バブル経済崩壊に伴う「失われた1990年代」で大きな痛手を被った日本の産業界は、ものづくりと研究開発力に自らの強さの源泉があることを再認識しました。

一方、激しい競争にある国際経済において、研究開発がいかに重要であっても、従来のように5年先、10年先を見据えた研究活動が行いにくくあることも事実です。つまり、自社の研究開発部門には、2〜3年後に実用化できる技術シーズに開発リソースを絞り込む傾向が強くなっているのです。

しかし、将来の産業基盤に革命をもたらす画期的な新技術は一朝一夕に開発されるわけではなく、長期的な研究機能の重要性が低くなったわけではありません。むしろ、長期的な基礎研究によって、低迷する日本産業の切り札となりえる新技術が開発されると期待されているのです。

そこで、最先端の研究分野で注目されているのが、大学が有する研究リソースとポテンシャルです。大学の研究リソースを一国の経済発展に活用した例はアメリカのシリコンバレーが有名ですが、日本でも国内の大学の研究リソースを活用して、国際的な産業競争で勝ち残ることが必要となっています。

特に、次世代の産業競争力の源泉とされるナノテクノロジーは、エネルギー、環境、バイオ、IT、医療など分野横断的な特性があるため、企業は従来のように自社で開発した技術だけでは、ナノテクノロジーの分野で画期的な研究成果を出すことは難しくなっているという事情があります。

ナノテクノロジーの競争は、国を挙げての総力で勝負が決まる時代と言われています。そこで異業種間の連携や異分野の研究機関との連携が重要となっており、これまでは実用化を意識せずに基礎研究に没頭する傾向が強いとして、企業から見過ごされてきた大学の活用が注目されるようになっています。

2004年4月から導入された「国立大学の法人化移行」も、大学を活用しようという動きに拍車をかけた一つの理由です。国立大学に自助努力、経営努力を求める同制度の結果、各大学では独自性を打ち出した特色ある経営を意識し、自らの価値を高めるため、学生や企業にアピールできる看板教授陣を配し、最先端の研究に力を入れるようなりました。

その結果、地方大学でありながらナノテクノロジーの分野で世界に冠たる地域を確立する大学が出てきています。カーボンチューブ研究で世界的に有名な信州大学の遠藤教授、マイクロマシン研究の東北大学の江刺教授、次世代ディスプレイ有機ELにおける山形大学の木戸教授などは、その好例です。遠藤教授は、2008年のナノカーボン国際学会を長野市に招致することにも成功しています。

さらに、多くの企業や研究機関が集結するナノテクノロジー国家プロジェクトでも、さまざまな研究分野で活躍している著名な教授が主導的な役割を果たし、プロジェクトをマネジメントしています。

DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)や再生医療への応用

ナノテクノロジーが提供する革新的な価値の代表として話題になることが多い技術に「DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)」と「再生医療」が挙げられます。

薬剤を患部に運んで放出する仕組み

DDSという概念は、「患部に薬剤を直接搬送する」というもので、投薬注射や湿布薬も同じ発想になりますが、ナノテクノロジーが実現するDDSとは、血管など生体組織内を通過できるナノサイズのキャリアにナノグラムの薬剤を乗せて患部にまで到達させ、そこで始めて薬剤を放出する全く新しい治療システムです。

人体に負担をかけることなく、患部を狙い撃ちすることにより、少量の薬剤で最大の効果を期待することができます。例えば、このシステムを使って抗がん剤を使用した場合、正常な細胞にダメージを与えずに標的となるがん細胞だけを攻撃し、がんを治療することができるというわけです。

ただし、DDSで使用される薬剤とキャリアの開発は難しく、患部に正確に届けるメカニズムも高度な技術が求められるため、実用化に至った例はまだまだ少数です。

もう一方の再生医療は、細胞培養の基材と技術で人工的に生体組織を再生し、それを患者に移植することで患部を元通りに修復するものです。例えば火傷で皮膚の大部分を損傷した場合、自己修復力だけでは元通りに回復するのに限界があります。

この際、あらかじめ自己の細胞組織に適合した皮膚を作成することができれば、患部に人工培養した皮膚を貼り付けて、人体に馴染むのを待てば、火傷をする前の皮膚の状態を取り戻すことができるというわけです。

人体の細胞や遺伝子、薬剤を取り扱うこと自体、ある意味でナノテクノロジーといえますが、生体と同じ機能を持った生体組織を人工的に作製する基材の創製、薬剤を運ぶためのキャリアを作製する技術を開発することが、医薬学と理工学をミックスしたバイオ・ナノテクノロジーといえます。

このほか、人体の組織と相似する材料を用いて軟骨や血管などを創製し、移植によって患部を代替するものを生体材料といい、ナノ領域で物質の制御が必要な技術です。これは生体工学とも呼ばれる領域で、海外をはじめ日本の大学でも専門の学部や大学院が設置されるようになってきました。